【元テレビ局員の告白】「あの人と話せるのは俺だけ」という麻薬
マスコミ12年間で染みついた"職業病"
「あの人と気軽に話せるの、俺だけだから。」
こういう空気は、どこにでも確実に存在している。
口に出すわけではない。
でも明確に、そのマウントは存在している。
「自分はそうはならない」
そう思っていても、
「著名人と繋がっている」
という優越感は、一種の麻薬だ。
自らがちっぽけに感じれば感じるほど、
そのつながり自体に自分の存在価値を見出す人がいる。
マスメディアを辞めてから気づいた、
職業病の話。
自分が何者か、を見誤らない
マスメディアの最大の武器は、アクセス権だ。
著名人。
権力者。
時の人。
一流アスリート。
普通は会えない人に、
たいして苦労せず会える。
メール一通、
電話一本である。
そしてそこからいかに著名人の懐に入れるかが、
リアルに社内の評価に直結する。
無論、出世にも影響する。
巨大なマスコミ組織で社内出世するのも、
「あの芸能人とズブズブな人」だったりする。
それが「是」とされる環境で、僕は育った。
あの手この手で「その他大勢」から抜け出し、
名前を覚えてもらって飯に行く。
そして番組に繋げる。
そんなゲームを、延々とやっていた気がする。
これは、
「持たざる者」がゼロから情報を得る、
立派な戦い方のひとつだ。
そうやって先人たちは特ダネを生み出し、
番組を生み出してきた。
ただ一歩間違うと、自分を見失う。
自分が何者であるかは
絶対に見誤ってはいけない。
著名人の隣で談笑できたとしても、
あなたは「そちら側」ではない。
その関係性に、酔ってはいけない。
借りものの影響力
超有名な政治家に取り入れたのも、
超一流のスポーツ選手と気軽に話せたのも、
全部、看板があったから。
テレビ局なら、「電波」があったから。
地方局なら数十万、数百万人へのリーチ、
その対価として、アクセス権をもらっている。
そこを踏まえた上で、
サラリーマンの自分に何ができるか?
この視点を持たないと、人はおかしくなる。
「そんな綺麗事言われなくてもわかってる」
いや、本質的にはわかっていない。
それくらい、著名人との関係性は
魅力的で、人を狂わせる。
著名人に会える機会が増えると、
取材で接する機会が増えると、
「選ばれた人間」
そんな気持ちが、
少しずつ、湧いてくる。
そしてもっと特別になりたい。
選ばれたい、という欲が出てくる。
それはふとした時の振る舞い、
言動から滲み出る。
例えば、
誰かの話を遮ってまでも、
周りに関係性をアピールしてしまったり、
仕事を部下に押し付けて、
無理やり現場に顔を出したり、、
自分では、気づけない。
その欲を律することができない。
こうやって「ナワバリ」が
形成されていく。
メディアの判断軸の世間一般とのズレも
この「借り物の影響力」によるところが大きい。
特殊な村社会は、そうやって生まれていく。
他人のふんどしで、相撲を取らない
他人の影響力を借りて、
染まりきった村社会のなかで、
踏ん反り返る。
気づけば著名人とタメ口になっている。
今後もそんな生き方だけは、したくない。
どれだけすごい人と仕事をしても、
カメラ越しに、
「こんな有名人も、普段は自分たちと同じ一人の人間なんだ」と
感じることがあったとしても、
関係性においては、敢えて一本線を引く。
世間一般からすれば当たり前のことなんだけど、
かなり強く意識しないと、
そんな当たり前のことが、人間はできなくなっていく。
看板を外して、わかったこと
今の自分は何者でもない。
初対面の相手の前で、肩書きも、実績も、無いに等しい。
過去担当した番組なんか、仕事相手は何も知らない。
覚えてもいない。
でも、それでいい。
看板は、自分でコツコツ育てていくしかない。
元々は一般の会社員でも、
自ら発信して、自分の意見を言って、共感した人がついてくる。
しんどいけど、金減ってるけど、
多分ここからが、本番。
独立後のリアルやAI活用の本音を毎日コツコツ書いています。
メルマガ登録いただければ、AI活用についての情報もお届けします。
映像制作・AI活用のご相談、お仕事のご依頼はこちらから👇



